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震災後離島支えた船 宮城・気仙沼で保存の会発足

2017年12月07日 17時35分

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東日本大震災直後の宮城県の気仙沼大島の様子をご覧ください。多くの船が被害に遭い、島が孤立した中、島民の足となって生活を支えたのが臨時船「ひまわり」です。2019年に大島大橋が開通しその役目を終える予定でしたが、船を保存する動きが広がっています。今月3日、気仙沼市大島で臨時船「ひまわり」を保存する会が発足し初会合が開かれました。気仙沼市内外から教育や観光などの関係者が集まり、震災を伝える貴重な資料だとして、残していく方法が話し合われました。臨時船「ひまわり」を保存する会の菊田栄四郎会長代行は「ひまわりを通して(震災を)風化させたくない、いつまでも忘れて欲しくないという思いでこの会を立ち上げました」と話しました。「ひまわり」は船長の菅原進さん(74)が1970年に運行を開始した12人乗りの臨時船です。菅原船長はひまわりについて、「俺の片腕だね。まず最初に船に乗ったときはエンジン点検するでしょ、どこも痛くないかと人と同じように声をかけます」と話しました。震災の津波で大島が孤立した時、「ひまわり」は震災の2日後からおよそ8ヵ月間にわたって無償で運行し、島民の生活を守りました。島民は「震災直後、妹の安否が取れなかったんですよ。それで本土に行って探したんですけどね会うことが出来て一安心したそういうのでお世話になっています」。ひまわりは定期船が復活した今も多くの島民に利用されていますが、本土と大島をつなぐ大島大橋の開通に合わせ、2019年3月に運航を終了します。また、震災当時の「ひまわり」の体験は来年度採用される小学校の道徳の教科書にも掲載されます。菅原船長は「子どもが勉強してもその船が壊してしまったとか、どこかにいったとなるとつまらない。小学校時代に来なくても大きくなった時に島に行ってみようかって、それを私は楽しみにしている。子どもが来ることを」と話します。臨時船「ひまわり」を保存する会では今後、ひまわりを保存する建物の建築費用の募金をインターネットなどで呼びかけていくということです。