| HOME|アンの風にのって|バックナンバー|00年5月13日放送分 |
| アンの風にのって | |||||||||
| 毎週土曜 午前9:30〜9:45 | |||||||||
5月13日(土) 1 特集「ハイ!みやぎです」 ―慶長使節船ミュージアム 慶長使節船ミュージアムは、およそ400年前、1613年にヨーロッパをめざし仙台藩士支倉常長ら慶長使節を乗せた木造帆船「サン・ファン・バウティスタ号」の復元船を核に、慶長使節の歴史や大航海時代の帆船文化を、映像や豊富な資料で展示する博物館です。 ところで、皆さんは仙台藩の「慶長使節」をご存じでしたか? 徳川幕府がアメリカに派遣した咸臨丸(かんりんまる)より、250年も前に 国際交流と貿易を目的として、我が国の船としては初めて大平洋を往復したにも関わらず、この歴史的な偉業はあまり知られていません。 慶長使節船ミュージアムは、ヨーロッパに渡った外交使節「慶長使節」を後世に伝えるため、当時の船を忠実に復元し工夫を凝らして展示しています。特に復元船は、全部木造ということで、天皇・皇后両陛下もご覧になられました。 平成8年8月の開館以来、県内はもちろん、県外からも多数の観光客が訪れ、南三陸の新観光スポットとして注目されています。みなさんは、もうご覧になりましたか?。 慶長使節展示室では慶長使節が派遣された時代と使節の足跡を、リアルな動きをするロボットやパネルなどを使って分かりやすく紹介します。 1613年(慶長18年)秋、船の建造を指揮するビスカイノ、使節の案内役を担うソテロ、使者の役目を命じられた常長たちが、伊達政宗公に呼び集められ、順調に進む出航準備について報告している様子です。それぞれの思いを胸に秘め、何を話しているのでしょうか。 こちらのドック棟は帆船の文化と技術の2つの展示場に分けられています。 帆船文化を展示している西ウイングは、大航海時代の帆船を様々な位置からカットし、船内の生活の様子を紹介しています。 この模型は、1600年代前半、ガレオン船が最も大衆化した時代のものをモデルに、特徴ある3つの部分を輪切りにして、その内部の様子を再現したものです。当時のガレオン船は、敵国や海賊から身を守るための武装はなくてはならないものであり、大砲などの武器を操る船員も含め、実に様々な人々が一つの船に乗り込んでいました。 航海中の「サン・ファン・バウティスタ号」のカットモデルも展示されています。1614年(慶長19年)1月、船は待望のメキシコ大平洋岸のアカプルコ沖に到着しました。水先案内人の指示を受け、「サン・ファン・バウティスタ号」の船上では、船員総出で入港の準備に大忙しです。 この航海がどれほど危険で、大変な苦労の連続だったのか、そういった船員たちの航海を身を持って体験できるのがこちらのシミュレーションシアターです。大型ハイビジョンと48人乗りのシミュレーターで17世紀初頭の「サン・ファン・バウティスタ号」の航海を再現します。常長と共に、あなたも使節の一員として大航海気分を体験してみませんか。 ○来館者インタビュー 「お尻が浮くぐらい、ボーンと飛んだような感じになったり、体感的には結構すごかったです。支倉さんは大変だったろうな、というのがよく分かりました。」 「伊達政宗は分かっていたんですけど、支倉さんはおぼろながらにぐらいしか分かっていなかったんですけど、シミュレーションとか今のこの資料をずっと見て、あの時代に何年もかけて海外に渡られて、どれだけ苦労があったんだろうなってすごく思っていました。」 いったいどうなっているのでしょう?まるでそこに実物があるような錯覚をうけませんか?実はこれ、最先端の3D映像を駆使した、マジックビジョンシアターなのです。子供たちが大航海時代の帆船の生活を探検する様子を楽しく紹介しています。 東ウイングでは、400年の時を越え、よみがえった帆船の技術を知ることができ、「サン・ファン・バウティスタ号」の建造の過程や、帆船の航海技術とその道具類を紹介しています。 今世紀最大にして最後の木造復元船「サン・ファン・バウティスタ号」。 その建造には、高度な技術が求められました。道具についても、通常の大工道具の枠を越えた、形状、使用方法ともに特殊ないわゆる「船大工道具」が使用されました。 そして、こちらが「サン・ファン・バウティスタ号」の復元船です。 全長55.35m、高さ48.8m、重さ387トン。 「サン・ファン・バウティスタ号」は当時の仙台藩主、伊達政宗公によって建造され、慶長18年、藩士支倉常長ら一行180人余りを乗せ、月浦(つきのうら)、今の宮城県石巻市から出航した黒船です。船の中に一歩足を踏み入れると、当時の航海中の様子が忠実に再現されています。 船の上部には、船の建造を指揮したビスカイノと支倉常長の部屋が左右に並んであります。二人の生活の違いがその道具類からも感じられます。また小さなベッドにも驚かされます。 船長であるソテロの部屋は船内で一番大きな部屋であるグレートキャビンというところでした。この部屋では航海に関することなど重要な話し合いが何度も行われ、ビスカイノや常長、航海士がよく出入りしていました。 そしてさらに船の下のほうまで降りていくと、大砲のそばで日本人水夫たちが笑いながら食事をしています。船内の食事は干し飯、干し魚、漬け物など、保存のきく食事が中心でした。また、当時の船にはたくさんのネズミがいたため、ネズミ取り用にネコが飼われていました。 180人以上もいた乗組員の食事は、全てこの厨房にある「かまど」でおこなわれていました。かまどの周りは火が燃え移らないよう、特殊な材質でつくられていました。このように、長い航海に欠かせない食料の保存や、食事に関することだけでも様々な工夫が取り入れられていたようです。 その他、船内では様々な人々の様子が見られます。 ここでは手縫いで、破れた帆の修理や交換用の新しい帆をつくる作業をしています。日本人水夫が帆の修理をスペイン人水夫に教わりながら習得している様子がうかがえますね。 ○来館者インタビュー 「その当時の船の建造の仕方っていうのが、思ったよりそうとう精密にできている感じがしましたね。」 「すばらしいなと思いました。実際にこの船を見まして、当時の支倉さんって人は偉大な偉い人だなと思って、改めて感心しました。」 このように慶長使節船ミュージアムでは支倉常長をはじめとする「慶長使節」の歴史的偉業を分かりやすく紹介しており、「サン・ファン・バウティスタ号」と帆船の知識を楽しく学ぶことができます。また、これからの行楽シーズンに向けて様々な催しも開かれます。 ○サンファン祭りPR(アテンダント:大石陽子さん) 「今月27日と28日の2日間、サン・ファンパークを主会場にサンファン祭りが開催されます。今年は支倉常長、帰国380年記念ということで、イタリアからプロのオペラ歌手を招くなど、昨年よりも更にグレードアップした内容です。なお、当日は観覧料が半額となりますので、ぜひおいでください。」 およそ400年前、仙台藩は国際交流と貿易をめざしました。日本からヨーロッパへの初めての外交使節団として海を渡った支倉常長や、それを命じた伊達政宗公のロマンやフロンティアスピリッツは、国際化時代を迎えた現在私たちに大きな感動を与えてくれるものです。現代によみがえった壮大な歴史のロマンと復元船の勇姿をじっくり見学してみてはいかがでしょうか。
|
| |
ホームへ戻る |