「過去」
あの日、何が起きたのか
宮城
三陸沿岸を襲った巨大津波。各地で撮影された映像を見ると、最初は透明だった津波はまもなく真っ黒に…。研究によって明らかにされた黒い津波の正体は、ヘドロ。黒く重い津波は、単なる海水に比べ、破壊力を増すことが分かった。さらに津波が引いた後、乾いた町を舞う粉塵は人々の肺を侵す危険性も秘めていた。
宮城
被災自治体の中で、最も多い約4000人が犠牲になった石巻市。なぜ、これだけの犠牲者が出てしまったのかー。地元の震災伝承団体が、住民の1割を超える約500人が犠牲になった門脇・南浜地区の住民を対象に、地震発生時にいた場所や、いつ・誰と・どこに逃げたのか調査。住民の証言を基に、当時の避難行動を再現した。そこで見えた津波避難の現実。いつか、どこかで、再び起きる災害。石巻の津波避難から未来の命を守るヒントを探る。
「現在」
被災地は今
福島
福島の復興にいまだ暗い影を落とす東京電力福島第一原発の事故。今、原子炉を冷やした水をろ過した「処理水」が増え続け、保管する敷地がなくなりつつあると問題になっている。処分するには「海洋放出」が現実的な選択と言われるが、風評被害を心配する漁業関係者は苦悩している。
岩手
陸前高田市にある、江戸時代から続く醤油醸造店「八木澤商店」。津波で製造機能のすべてを失い、多くの社員が家を流された。震災をきっかけに、父親から家業を継いだ9代目・河野通洋社長は、債務超過に陥りながらも、社員35人全員の雇用を守ると誓った。震災後、内陸の隣町に工場を建設し、再起へ向けて動き出した。陸前高田に新たにできた「発酵」をテーマにした商業施設「カモシ―」にも出店し、挑戦を続ける。
福島
原発事故により避難区域が設けられた福島県内の自治体では、帰還や人口減少などさまざまな問題を抱えている。そんな中、新たな産業振興で復興を目指そうとする動きが…。これまでにないバナナやコーヒー豆を栽培したり、ワインやイチゴ栽培を始めたりする自治体もある。ようやく実を結びつつある取り組みの現状は…。
宮城
津波による甚大な被害を受けた南三陸町・志津川湾に去年10月、ワイナリーがオープンした。4年前に町内の山に植樹したブドウが実をつけ、今年2月、町内産ワインの一般販売にこぎつけた。事業を立ち上げたのは、大手音楽メーカーで新規事業開発をしていた佐々木道彦さん(48)。震災ボランティアを機に移住を決意し、海の幸とのマリアージュ、ワイナリーを目当てとしたワインツーリズムを目指している。
宮城
東松島市の仮設住宅で生まれたサルの人形「おのくん」。合言葉は「めんどくしぇえ」。「がんばるぞ」「負けるな」ではなく、お母さんたちは「めんどくしぇ」とぼやきながら、一針一針、人形を作り続けてきた。「里親さん」と呼ばれる買い手との交流に励まされ、肩の力を抜き、しなやかに続いてきた活動は、コロナ禍でも途切れることなく続いている。
「未来」
被災地のこれから
岩手
津波で全壊した陸前高田市の津波伝承施設「旧気仙中学校」。3階建ての屋上を越える津波が押し寄せたが、生徒は高台に避難して全員無事だった。震災から10年、各地で語り部の高齢化が課題となるなか、当時中学1年だった小野田未樹さん(22)は、語り部として、当時の体験を語り継いでいく道を模索している。“津波てんでんこ”。若き語り部がつなぐ震災の教訓。
福島
双葉町出身の佐藤葉月さん(20)は小学4年、10歳のとき、被災した。人生の半分をふるさと双葉で、もう半分を避難先の兵庫県や静岡県、宮城県で過ごしてきた。16歳のとき、父と6年ぶりに元の自宅を訪れ、動物に荒らされた室内、様変わりした町の姿にショックを受けた。この現状を離れ離れになった同級生たちに知ってもらいたい。自分にできることは何だろう。双葉町の職員となり、仕事のかたわら、動画などを使って、ふるさとの今を発信している。
宮城
人気アニメ「エヴァンゲリオン」を題材にしたスマートフォン向け防災情報アプリが、100万ダウンロードを超えた。気象庁の本庁舎と結んだ専用線で防災情報を受け取り、速く確実に丁寧に届ける。開発した情報セキュリティ会社を率いる石森大貴さんは石巻市出身。技術の力で次の災害に備える。