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加川潤

加川 潤

154 電撃

2014年04月11日

突然の監督交代劇!
アーノルド監督は、1度も勝てないまま、就任わずか3ヵ月でベガルタ仙台を去った。
後任の監督は、ヘッドコーチを務めていた渡辺晋(すすむ)さんだ。

選手は親しみをこめて「ナベさん」と呼ぶが私は以前から「ススムさん」と呼んでいる。
私のほうが先だと思うが、定着したのは「ナベさん」のほうだった。
悔しい。

初めてススムさんと会ったのは、山梨県韮崎市の某グラウンド。
彼はヴァンフォーレ甲府の若手選手だった。
私は仙台ー甲府戦の実況を担当することになり、休日を使って韮崎まで行ったのだ。

グラウンドの状態はあまり良くなく、練習環境が厳しいのだ、と思った。
でも当時の甲府は「JFLの雄」といったイメージ。
強かった。
本職はセンターバックだが、渡辺選手は攻撃的なポジションで起用され、活躍していた。

チームの好調を支える選手で、実況担当としてはぜひ話を聞きたい選手だ。
でもなぁ。
長身で、イケメンでしょ。
性格はどうなんだろう?
対戦相手(仙台)を担当しているテレビ局の人間に、話してくれるかな。

そんなことを考えながら、練習終了後、おそるおそる話しかけてみると。

なんという良い人だ!!

初対面の私の質問に、真摯に応えてくれた。
親切な人で、感激した。 

ちなみに当時の甲府選手は親切な人ばかり。
T田監督 「駅まで帰るの?」
加川    「そうですよ」
T田監督  「おい、S本、韮崎駅まで送ってやれ」

S本さんは、レギュラーのゴールキーパー。
この方も親切な人で、駅に着くまでいろんな話をしてくれた。

ちなみに義理堅い私は、感謝を込めて、ゲームの「Sつく」で、自分のチームのキーパーにS本さんを抜擢。
ワールドクラスの選手や、伝説の選手が加入しても、彼を使い続けて一緒に世界を制覇したのだった。
(本人は知らないけどね)

ススムさんが、ベガルタ仙台の監督になるとは不思議な縁だ。
応援するぞ。

ところで、使い始めたばかりの取材ノート。
名づけて「ARNY(アーニー=アーノルド監督)ノート」はこのまま使っても良いでしょうか?

(終)

ARNY(アーニー=アーノルド監督)ノート

Aはコアラのつもり。