宮城県南三陸町の旧防災対策庁舎を町の所有として保存する方針をめぐり、町議会の特別委員会で佐藤仁町長の急な方針決定に苦言が呈され、経緯の説明を求める声が相次ぎました。

 東日本大震災の津波で町の職員33人を含む43人が犠牲になった旧防災対策庁舎について、佐藤町長は1日に震災遺構としての保存に向け2031年までとしていた県の所有期限を早め、7月に町の施設に戻す方針を示しました。

 町議会の特別委員会では、議員から経緯を尋ねる質問が相次ぎました。

 及川幸子議員「なぜこの時期に県有化期間終了を待たずに首長の判断で独断で決定したのか、本音をお伺いいたします」

 今野雄紀議員「どのよう段階を経て今回のこのような決定をなされたのか、庁舎内でそれを検討する会議なり会合があったのか」

 2005年に町長に就任し5期目になる佐藤町長は、今回の決断を次のように述べました。

 佐藤仁南三陸町長「(役場の庁舎内で)一切検討はしておりません。あくまでも私1人の考えということです。(前年時点で県有化期限まで)8年後ということになりますと私自身の年が80ということになります。自分の任期中にこの問題については方向性を出したいと」