博物館の収蔵庫が全国的に課題となっています。限界が迫る中で資料を守り集める意味について、宮城県の石巻市博物館の事例です。

 石巻市開成にある石巻市博物館は、東日本大震災の津波で被災した旧石巻文化センターを引き継ぐ形で、2021年11月に開館しました。昔ながらの漁具から彫刻まで13万5000点以上の資料が保管、展示されています。

 博物館の主な役割は資料の収集や保管、研究で、その要とも言える収蔵庫には唯一無二の資料が厳重に保管されています。収蔵庫は温度や湿度が一定に管理され、さらしや金具など地震対策も入念に行われています。
 牧野輝義副館長「最低限の収蔵の仕方で、かついくらでも中に入れたいという思い」

 石巻市博物館は、寄贈や購入などで毎年1000点以上の資料が増えていくということです。開館は2021年11月ですが、既に収蔵庫の7割から8割が埋まっています。

 収蔵庫のひっ迫は、全国の博物館共通の課題です。日本博物館協会が全国約2200館に行ったアンケートの結果によりますと、収蔵庫について「9割以上が埋まっている」「入りきらない」と答えた博物館が6割以上でした。

 このため文化庁は2025年11月、博物館の設置及び運営上の望ましい基準の改正案で資料管理の在り方について廃棄等を含め検討するよう努めると、初めて廃棄という言葉を明記しました。半永久的な保管が当然とされてきた中で、廃棄との明記に関係団体などから
削除を求める声が上がりました。しかし、文化庁は慎重に検討すべきと前置きしたうえで、廃棄という言葉が明記された基準を2026年3月に公布しました。

 収蔵庫がひっ迫していても、地域の資料を収集保存しなければなりません。石巻市博物館では、宮城学院女子大学と共同で石巻市の小中学校の学級日誌の調査に取り組んでいます。

 石巻市立万石浦小学校では、統合した学校から引き継いだ戦前の学級日誌やアルバムなどが約240冊保管されています。
 宮城学院女子大学大平聡教授「福貴浦で女子青年6名が来て、千人針?千人針を依頼したって」
 当時、小学校は公民館の役割も担っていました。教師が毎日記す日誌には、当時の子どもたちが日々戦争の渦にのみ込まれていく様子が克明に記録されています。

 度重なる災害を乗り越えて残った学校日誌は、学術的に価値があると判断された場合、博物館での保管も考えられるということです。
 宮城学院女子大学大平聡教授「海岸部の学校は数が限られているので、これから精査しますけども貴重な情報が得られるだろうなと期待している」

 石巻市博物館には、資料を収蔵する施設がもう1つあります。博物館から車で拓15分の
場所にある石巻市被災資料等収蔵施設は、東日本大震災で被害を受けた資料の一時保管場所として閉校した小学校を使ったことに始まり、石巻市博物館の職員が常駐しています。
 現在は、寄贈された燻蒸前の資料や劣化しにくい資料を保管する第2の収蔵庫としても
機能しています。

 コロナ禍をきっかけにした生活の見直しなどで寄贈の相談は増えていて、第2の収蔵庫は
臨時ではなく欠かせない施設になっています。
 石巻市博物館牧野輝義副館長「中には、蔵を解体するので蔵の中の物を持って行ってと言う方もいらっしゃる。ちょっとは気持ち的には楽かなと」

 閉校した小学校などの利用について、博物館施設の役割に詳しい郡山女子大学の會田容弘教授は「発想としてはあり得る」としながらも、長い期間残すうえでの脆弱性を挙げています。
 郡山女子大学會田容弘教授「行政の側から言うと、文化財関連は教育委員会部局で同じ部局だからやりやすいんですよね。ただ本来の趣旨から言えば、収蔵庫は独自の博物館に置かねばならないですから、100年後200年後どうなっているか未来へ引き継ぐということが博物館資料なわけです。私たちだけが享受するものではない」

 石巻市博物館の牧野副館長は、資料の廃棄については原則あり得ないとしながらも、物が増えていく一方の現状に不安を隠せません。
 牧野輝義副館長「収蔵する施設は確保できても経費どうしますかとかを考慮した時に、最後にどういう答えが出るかは町全体市全体として考えるべき。廃棄は可能な限りはしたくないですけど、どこかの段階では可能性としてはゼロではないという答えしか今はできない」
 一度は価値を見出され地域の宝として残される資料の廃棄は、未来へのメッセージまでも
廃棄してしまうことになるかもしれません。