津波で甚大な被害を受けた宮城県名取市の閖上地区。震災前に住民から親しまれていた名物のたこ焼きは、津波で途絶えてしまいました。
 復興が進み、新しい街となった閖上で、この思い出の味を継承しようと立ち上がった男性がいます。

 客「ソースがうまい」「酸味のあるソースで違う」「思い出の味です」
 名取市閖上地区で、キッチンカーでたこやきの移動販売をしている佐々木裕也さん(42)です。

思い出の味を伝承

 大ぶりでもっちりとした厚い生地に、ぷりぷりのタコが包まれているのが特徴の「閖上たこやき」。
 佐々木裕也さん6「ソースが決め手ですね。酸味の利いた甘辛のソースに、焼きたてをどぶ漬けして食べてもらうスタイルなんですけど」

 江戸時代には港町として栄えた閖上。海沿いには海の守り神として知られ湊神社がありました。その向かいにある店で、「閖上たこやき」は生まれました。
 約40年、1人で店を切り盛りしていたのは橋浦きよさん。看板ものれんもありませんでしたが、橋浦のばあちゃんのたこ焼きを求めて、学校帰りの小学生がよく立ち寄りました。
 橋浦さんは佐々木さんの親戚。子どものころ、たまに遊びに行くとたこ焼きを焼いてお土産として持たせてくれました。
 佐々木裕也さん「すぐ袋から開けてすぐ食べてすぐ無くなって、最後にタレだけが残ってそのタレも一生懸命なめていた」

 大人になってもふと食べたくなると橋浦さんの店を訪れていた佐々木さん。しかし、あの日。橋浦さん(当時92歳)は津波で流されて犠牲に。地域で愛されてきた閖上たこ焼きは途絶えてしまいました。
 佐々木裕也さん「誰もこのたこ焼きが焼けなくなってしまった。自分が小さいころに食べていたたこ焼きがこのたこ焼きなので、心に残るこの味をずっと求め続けてそれを自分で焼いてみようと」

 「閖上たこやき」の決め手は甘辛いソース。その作り方は門外不出だったため、佐々木さんは、子どものころの記憶をたどって、橋浦さんのソースを作ってみました。
 そして、震災から1年後。佐々木さんは、建築会社で働きながら地元の祭りやイベントに屋台を出店。「閖上たこやき」の販売を始めたのです。
 佐々木さんは、2020年には仕事もやめ「閖上たこやき」の移動販売に専念することを決意しました。そのことを橋浦さんの娘に伝えに行くと、ソースの話題になりました。
 佐々木裕也さん「そういえばソース知っているのって言われて、自分で試行錯誤しているんですと言った時に、それを仕事としてやるならこれ使って良いからって言われてソースを教えてもらった」

 これまでのソースは、橋浦さんのソースの味に似ているものの、何かが違うと感じていた佐々木さん。レシピの通り、ソースとソースの配合を変えるとあの味に近づきました。
 佐々木裕也さん「昔の独特なソース、たこ焼きに絡んだソースの味がしてこれが正解だ。ソースだけじゃない、たこ焼きに入れてたこ焼きと混ぜた時の味が正解の味なんですね」

多くの人が買い求める

 佐々木さんは、2020年7月に営業を開始。閖上の朝市やスーパーマーケットに車を止め、週に5日ほど営業しています。
 始めは、近くに住む人だけが買いに来ていましたが、今では県外からも佐々木さんの「閖上たこやき」を買いにやってきます。
 地元の人「昔のたこ焼きと似ているんですよ、味が。ちょっと酸味が利いてて」「私は、あのおばあちゃんの味だなと思って買いに来ています。思い出の味です」
 県外の人「ソースおいしい。ちょっと酸味があるんですけど、大人っぽい」

思い出の味「閖上たこやき」

 震災で変わってしまったふるさとの光景。変わらない、思い出の味。
 佐々木裕也さん「お客さんに買いに来て食べてもらって、昔、もう少しこうだっだったな、それで昔の思い出だったりを思い出してくればなと。40年前に始めたそのたこやきの味を今に残したい。これからも伝えていきたい」