7月7日は七夕です。宮城県の七夕文化について展示している、仙台市歴史民俗資料館の学芸員、渡邉直登さんに聞きました。
渡邉直登さん「そもそも江戸時代、幕府で公式な年中行事として七夕を設定している。もちろん伊達家でもやっているし、その家臣たちもやっている」
七夕は、江戸時代や明治時代でも庶民の暮らしに広く根付いていて、今と同じように願い事を書いた短冊を飾っていたということです。
渡邉直登さん「竹飾りを家の前や畑に立てる場合もあって同じように七夕の願い事を書いたりとか、あとは和歌とか色々書いていて、面白いのは七夕馬っていう作り物を作って屋根に飾ったりとか。どちらかというと各家庭でやってたっていうか、そういうイメージの方が近いかなと」
七夕馬は、宮城県の農村地域で七夕とお盆が密接に関係していたことを示す伝統飾りだということです。
渡邉直登さん「旧暦の七夕の時はお盆の準備が始まる七日盆とも言われていて、わらで馬を作って家の屋根の上に飾るということを七夕の時期に行っています」
明治時代の初めまで使われていた旧暦では七夕は8月7日前後に当たり、お盆の1週間ほど前です。
仏壇の仏具を磨くなど、七夕はお盆の準備期間だったということです。
渡邉直登さん「田んぼの神様がこの馬に乗って七夕の時期にやって来る、あるいは田んぼの神様は先祖だという地域もある。この時期に七夕馬に乗ってご先祖様がやって来るから作って飾ると。お盆の先祖の供養をするという考え方と、豊作になるようにという色々な考え方が混ざって飾られてきたのがこの七夕馬であろうと」
昔の七夕は、願い事をするだけではなくお盆を迎える準備と豊作を願う日でもあったんですね。その文化を表すものとして、七夕馬がありました。
宮城県では仙台市のほか栗原市、亘理町などにあった文化でしたが、現在は屋根の上に飾る家はほとんど無くなってしまったそうです。
仙台市泉区根白石では、七夕馬を受け継ごうという動きがあり、通常の七夕飾りの中に七夕馬を入れて現在も七夕まつりの時期に飾られているそうです。
七夕馬は東北地方や関東地方の一部地域にみられる伝統的な七夕の文化で、地域によって少しづつ違いがあるようです。
千葉県茂原市では、別名かやかや馬と呼ばれ、大きな馬と小さな牛の1組で作り、農作業で活躍する馬や牛への感謝を込めて七夕の時期に飾られていました。
東京都練馬区では、ちがや馬と呼ばれ雄と雌を作り豊作や無病息災を願い戦前の農家などで飾られていました。
全国の農村地域の一部でみられる七夕馬は、お盆に飾るキュウリやナスで作るご先祖様の乗り物、精霊馬の起源になったという説もあるそうです。
時代とともに七夕馬という農村での文化は無くなってきてしまいましたが、願いを込めるという七夕本来の思いは、今も変わらず受け継がれています。