6月14日で発生から14年を迎えた岩手・宮城内陸地震です。最大震度6強を観測した栗原市では、地域の産業が深刻な打撃を受けました。更に、東日本大震災、そしてコロナ禍と3度の試練に直面する観光業の今を取材しました。

 栗駒山の中腹に位置する栗原市耕英地区。数又貞男さん(70)は、清らかな湧き水が流れるこの地で、父の代から名産のイワナの養殖業を営んでいます。食堂で提供する新鮮な刺身やかば焼き風に調理した丼などが自慢の味です。
 あの日から14年。思い描いた復興はかなっていません。
 数又養魚場数又貞男さん「魚やっていけるのかなっていうのはありましたね、不安で。何をして食べていけるのかなとか、今までずっとやってたんでね。そういうの考えてましたね」

思い描いた復興は

 加川潤アナウンサー(2008年6月14日)「かなり広い範囲で、地盤がまるで一気に沈下したように見受けられます。そして、ご覧のように道路が完全に寸断されてしまっています」
 最大震度6強を観測した栗原市では、各地で大規模な崩落や地すべりが発生し、栗駒山の風景は一変。地域の産業に暗い影を落としました。
 数又養魚場数又貞夫さん(2008年6月27日)「この魚がね、死んでもう腐ってますね」
 地震の揺れでイワナの稚魚がいけすの外に飛び出したり、湧き水が止まったりして、10万匹いたイワナは2万匹まで減りました。

東日本大震災 火災 そしてコロナ禍

コロナの影響が深刻

 地震前は、県の内外から多くの人が訪れていましたが、かつてのにぎわいは失われてしまいました。
 わずかに残ったイワナを育て、復興へと歩み始めた矢先、今度は東日本大震災に見舞われました。原発事故による風評被害に直面。2015年には、漏電が原因とみられる火災で店舗が全焼。その後、再建しましたが、今再び試練に直面しています。
 数又養魚場数又貞男さん「今ちょっと読めないっていうかね。コロナの関係で、少ないですよねやっぱりね」

 1日に訪れる客は3、4組ほど。団体の行楽客の姿は無くなり、新型コロナの影響は深刻です。売り上げはピーク時に比べると、2割から3割減少しています。
 数又養魚場数又貞男さん「(人が)来ないと。寂しいですよね。地震の前は何もなかったのにね。何でこんなに急にいろんなことがあったのかなと、不思議な感じですね」

 日本で初めてイワナの養殖に成功した亡き父の意志を受け継いだ数又さん。度重なる困難を乗り越えながら、養魚場を守り続けています。
 数又養魚場数又貞男さん「親が苦労してやっと作ったイワナなんで、魚がいる限りはね、続けたいなっていうのはあって頑張ってますね」

 数又養魚場から1キロほどの場所にある、温泉宿泊施設ハイルザーム栗駒。登山やトレッキングの際の休憩所として利用する人も多く、耕英地区の観光を支える中心的な施設です。
 加川潤アナウンサー(2008年6月14日)「大量の土砂がこの駒の湯温泉に流れ込んでいて、どこに温泉があったのか確認できないほどとなっています」

 土石流に巻き込まれ、宿泊客と従業員計7人が犠牲になった駒の湯温泉。ハイルザーム栗駒は自衛隊の捜索活動の拠点となり、駐車場はヘリポートとして使用されました。
 ハイルザーム栗駒三浦竜支配人「大体、中心辺りから範囲的には、結構広範囲にわたって天井が落ちまして」

被災後に環境が大きく変化

ハイルザーム栗駒

 施設は天井が崩れる被害を受け休業。修復工事を経て、約1年半後に営業を再開しましたが、耕英地区を取り巻く環境は地震により大きく変化しました。
 ハイルザーム栗駒三浦竜支配人「他にも宿泊施設だったり、オートキャンプ場っていう所で、この栗駒耕英地区でもそういった観光施設、遊べる場所はたくさんありましたので、そういった場所が(地震の影響で)無くなってしまったことによって、利用数もだいぶ減少した」

 県によると、内陸地震の前は年間190万人ほどだった栗原市の観光客は、2008年には約88万人まで減少。その後、少しずつ回復し2016年には200万人が訪れていましたが、新型コロナの感染が拡大した2020年には136万人まで落ち込んでいます。

ようやく明るい兆しが

 ハイルザーム栗駒も休業を余儀なくされるなど、新型コロナの影響を受けましたが、ここ数カ月で団体客の予約が入り始め、ようやく明るい兆しが見えてきました。
 ハイルザーム栗駒三浦竜支配人「2度の大きい震災と今のコロナということで激動の14年間というふうに思っております。そういった部分を乗り越えて何とか今、営業できているということは自分の中では一つの使命として捉えて、そのために生かされたんだなというふうに思って、何とかみんなで頑張っているところでございます」