男性皇族が成年を迎えたことを祝う伝統儀式、「成年式」に臨まれた、秋篠宮ご夫妻の長男・悠仁さま。成年式は、父の秋篠宮さま以来、40年ぶり。次の世代の皇族の減少という、皇室の厳しい現実も突きつけられています。(9月6日OA「サタデーステーション」)
■約1300年の歴史 開催は40年ぶり
6日に19歳の誕生日を迎えられた秋篠宮家の長男・悠仁さま。夕方、お祝いのため、都内のホテルには天皇皇后両陛下や、上皇ご夫妻らが一堂に会されました。
朝、秋篠宮邸に運ばれたのは、天皇陛下から悠仁さまに贈られた成年用の冠です。
悠仁さま(午前9時前 秋篠宮邸) 「誠にありがとうございます」
ご両親や姉の佳子さまと少し言葉を交わし、見送られながら車に乗り込まれます。車内では少し緊張されているような表情にも見えましたが、儀式が行われる皇居に車列が到着した際には、集まった人たちや報道陣に向け笑顔も見せられていました。
そして午前10時に始まったのは「加冠の儀」と呼ばれる儀式です。闕腋袍(けってきのほう)と呼ばれる未成年用の黄色の装束を着用し、同じく未成年の男性皇族が着用する、空頂黒さく(くうちょうこくさく)という額あてを、陛下から贈られた成年用の冠にかえられていきます。
儀式を穏やかな笑顔で見守られた天皇陛下と皇后・雅子さまへ御礼の言葉を述べられます。
悠仁さま(午前10時ごろ 皇居・宮殿) 「本日は成年式にあたり冠を賜わり誠にありがとうございました。天皇皇后両陛下には加冠の儀にご臨席を賜わり誠にありがとうございます」
男性皇族が成年となられたことを示す「成年式」。その歴史は古く、およそ1300年前の奈良時代から続いているといいます。
■「成年式おめでとう」陛下からお祝いの言葉
女性皇族は「成年式」を行わないため、今回行われた「成年式」は父・秋篠宮さま以来実に40年ぶりです。
秋篠宮さま(1985年 成年式) 「本日の成年式にあたり冠を賜りまして誠にありがとう存じました。また加冠の儀にご臨席を賜り心より御礼申し上げます」
成人用の冠をのせ、和紙の紐で固定したあとあまった部分を切り落とすこのシーンは、一連の儀式のハイライトとされます。
「成年式」は、誕生日当日に執り行うため2月生まれの天皇陛下、11月生まれの秋篠宮さまは「冬装束」でしたが、今回は、まだ夏の暑さが残る時期の成年式とあって「夏仕様の装束」が新しく仕立てられたということです。
一方、成年用の黒い装束にお召しかえした悠仁さまが乗りこまれた儀装馬車。こちらは大正時代に作られたもので、秋篠宮さまも乗られた馬車が使われました。
午後行われた「朝見の儀」で、改めて、感謝を述べられた悠仁さま。天皇皇后両陛下は、こうお言葉をかえされました。
天皇陛下(午後2時ごろ 朝見の儀) 「成年式をあげられたことを心からお祝いします。これからは学業に励まれるとともに、皇族としての務めを立派に果たされると願っております」
皇后雅子さま(午後2時ごろ 朝見の儀) 「きょうは成年式おめでとう。これからもお体を大切にされ、どうぞお元気に様々な経験を積まれますようお祈りしております」
「成年式」を終えられた悠仁さまは、記者の問いかけに。
悠仁さま(午後4時すぎ 秋篠宮邸) 「まず成年式を滞りなく終えられることができ安堵しております。これまで見守ってきてくれた家族をはじめとするお世話になった方々に深く感謝申し上げます 。これから成年皇族としての自覚を持ち、皇室の一員としての役割をしっかりと果たしていきたいと思っております」
■園遊会デビューは?今後の活動どうなる
秋篠宮家と20年以上の付き合いがあり、ブータン訪問時はご一家と行動を共にするなど悠仁さまを知る池谷さんは。
国立民族学博物館 池谷和信名誉教授 「(第一印象は)すごく明るい感じと物おじしない。人前でお話しすることに関しては積極的な感じを受けました。好奇心が非常に強くて、自然・植物・虫、様々なものに関心が高いので、体験や経験をこれから是非活かしながら、更なる飛躍をして欲しいと思います」
今年4月、筑波大学へ入学された悠仁さま。どのような学生生活を送られているのでしょうか。
悠仁さま(今年4月 筑波大学入学式) 「授業の合間とか自転車に乗って移動しようと思っています」
誕生日に向け、5日に公開された映像では、広大なキャンパス内を自転車で移動される様子や、植物を観察される様子がありました。スポーツの行事ではドッジボールの競技を楽しみ、クラスが異なる友人ができるなど、交友や活動の幅を広げられているといいます。戦後80年となる今年。夏には、先の大戦や平和についての学びを深められました。
「成年式」を終えられた悠仁さまは、今後学業を優先しながら公務などに参加されていくといいます。学業との両立をどうされていくのでしょうか。2021年に、成年皇族となられた愛子さま。6日も、悠仁さまのお祝いを終えると、地方公務のため新潟に向かわれました。愛子さまが公務を本格化されたのは大学卒業後でした。
皇室に詳しい名古屋大学・河西秀哉准教授 「学業をやはり優先ということで(公務を)愛子内親王はやらなかった。(悠仁さまは)一般参賀は出てくると思う一方で、園遊会すら出てこないということもある。(悠仁さまも)卒業してから本格的になるのではないかと思う。ただ男性皇族が久しぶりの若い人とあって(国民から)「来てほしい」ということがある。求められたときに、もしかしたら式典に出席することもあるかなと」
一方で、皇室のあり方をめぐる議論は待ったなしの状況だといいます。
皇室に詳しい名古屋大学・河西秀哉准教授 「悠仁親王の成年を機に未成年の皇族がいなくなる。これは戦後初のことで、今後十何年は成年する皇族が現れないということになる。公務は時代に応じて新しく増えていったり、なかなか削れず増えている一方で、担い手は高齢化して減っていく一方。ここで議論しておかないと(悠仁さま)1人が全部を背負わないといけない。(悠仁さまが)天皇になっているころには、もう次はないかもしれないという可能性もある」