約1400人が死亡した仙台空襲から7月10日で81年です。当時小学生だった姉妹が、自らの体験を語りました。

 当時小学3年生だった菊田弘子さん(90)が、4日に仙台市戦災復興記念館で始まった戦災復興展で、幼い日の体験を語りました。

 母親や弟などと共に、現在の泉区七北田に疎開していました。

 仙台空襲の夜は誰かに起こされ、外へ出ました。

 菊田弘子さん「ピンクの空にトンボが飛んでいた。何でトンボが飛んでるんだろうと考えたら誰かが空襲だと言って、飛行機なんだトンボじゃないんだって思いました」

 当時小学5年生だった菊田さんの姉、佐々木あさ子さん(92)は父親など共に現在の青葉区二日町の自宅で空襲に遭いました。

 佐々木あさ子さん「大きな胴体が落ちてきたかと思ったら、低空飛行してきたB29でした。兵士の顔も見えてあっけに取られた私が見ていると西の方へ行ってしまい、そこで木町通小学校が真っ赤に燃えているのを見ました」

 佐々木さんは、真っ暗な中を必死に走って山に逃げ、そこから焼野原となった仙台市街を見下ろしました。

 佐々木あさ子さん「戦争くらい惨めなものはありません。本当に不幸です。恐ろしくて悲しくて。これが人間の起こす戦争です」

 訪れた人は、菊田さんと佐々木さんの話にじっと耳を傾けていました。

 「最近はどんどん語り部さんとかも減ってきてますし、聞けるのは今のうちかなと思って来ました。こういう話をどんどん自分のものにして、伝えられたらなって思います」

 戦災復興展は12日まで開催されていて、11日と12日にも仙台空襲を体験した人の語り部が行われます。