3月11日で東日本震災から15年です。当時仙台市で小学生だった男性が、消防士の父親の思いを受け継ぎレスキュー隊員として活動しています。
東日本大震災の大きな揺れによって全壊した自宅で、唯一残った蔵を見つめる親子は仙台市宮城野区岩切に住む加藤長正さん(68)と息子の翼さん(27)です。
長正さんは元消防士で、2022年に仙台市消防局を退職しました。震災当時は青葉消防署に勤務していました。
震災発生当日は非番でしたが、家族の安全を確認後すぐに消防署に向かいました。
加藤長正さん「その時は蔵が動いて、もうすごかったです。北側に七北田川があるので、津波が遡上するんじゃないかと。1週間近くは役所で泊り込みで」
消防士の父親の背中を見て育った翼さんは、消防士の道に進みました。
加藤長正さん「やっぱりうれしかったですね。息子は特別救助隊(レスキュー)の隊員なので、私よりも直接人助けに関わることが多いと思うので頑張って活動してほしい」
翼さんは、若林消防署でレスキュー隊員として活動しています。高校時代に父親と同じ消防士になることを決めた翼さん、震災の日の父親の姿は今も目に焼き付いています。
加藤翼さん「家族全員の安全が確認できてから現場に向かう姿。その背中は大きく見えたものはありました」
消防士になったきっかけは、父親の存在でした。
加藤翼さん「東日本大震災を被災者として経験したこと、父親が消防士ということもあって震災のような大きな災害があった時に自分が救える側になりたいと思い、消防士を志しました」
消防士として7年目の翼さんはこの日、高層ビルの火災を想定した高さ35メートルまで届くはしご車を使った訓練をしていました。緊張感の伴う繊細なハシゴの操作が続きます。
火災現場での消火活動をはじめ、交通事故の現場や水難救助など日々命を救う仕事が続きます。
震災から15年。仙台市では、主に地震による津波で900人以上が犠牲になりました。
震災発災時の仙台市消防局の職員、約1000人が捜索と救助活動に当たりました。父親の長正さんもその1人で、寝ずの勤務が続きました。
当時小学生だった翼さんは、父親の無事を願っていたと言います。
加藤翼さん「多く自分たちに言うことはなかったが人命検索、安否確認に集中して1週間2週間ずっと活動していたと聞いています」
父親の長正さんは自分と同じ道を選んだ息子、翼さんに強い思いを持った消防士を目指してほしいとエールを送ります。
加藤長正さん「1つの信念を持って、何でも行動してもらいたい。みんなから慕われる、市民から愛される消防士になってもらいたい」
加藤翼さん「地域の方々が不安に思った時に、我々消防士が少しでも勇気を与えられる、少しでも救えるような消防士になりたいなと思います」