東日本大震災で妹を亡くし10年間口を閉ざしていた姉が、教訓を伝えるために語り部になりました。命の大切さと家族の尊さを伝えています。
生きていれば2026年で22回目の誕生日を迎えた西城春音ちゃんは、宮城県石巻市の私立日和幼稚園に通っていて犠牲になりました。
西城楓音さん「春音は高台の幼稚園にいるから、はるちゃんは無事だろうなって思っていたので」
しかし、春音ちゃんらを乗せた送迎バスは高台の幼稚園から海側へ向かい、津波と火災に巻き込まれました。春音ちゃんは6歳でこの世を去りました。背負うはずだったランドセルは、今も残されています。
西城楓音さん「これから読む紙芝居は、春音の3月11日のお話になります」
春音ちゃんの姉、西城楓音さん(23)は石巻市で働きながら語り部として震災の経験を伝えています。紙芝居は、2022年に日和幼稚園バスの遺族が中心となって作りました。
西城楓音さん「お団子うまくできたよ、先生も見せに行こう。春音ちゃんは笑顔で楽しく遊んでいました」
今では気持ちを言葉にできるようになった楓音さんですが、震災が発生してから10年間は当時の経験を語ることはありませんでした。
西城楓音さん「春音が死んだことを話す。はるちゃんが死んで寂しいって自分の口に出して言葉にして言ってしまったら、それはもう変わらない事実になってしまうというか。私はあの時見たのははるちゃんじゃなくて、はるちゃんは別で安全な所に避難して生きていて、ある日突然帰って来てくれるんじゃないかなって思っていたから」
楓音さんが胸の内を語り始めたのは大学生の時です。同じく震災を経験した人と話したことがきっかけでした。
西城楓音さん「話してみたら気持ちが整理されていって、もしかしたらその時に被災経験を話すことって私にとって良いのかもしれないなって思ったことが、きっかけの1つで。あの時、自分は何もできなかったから春音のためもそうだけど、石巻という町のために何かしたいという気持ちがちょっと出てきたというか」
西城楓音さん「私には妹がいたんですが」
語り部を始めてしばらくは、涙で言葉が出ませんでした。
西城楓音さん「あの時は自分の気持ちを吐き出したいという感情的な気持ちの方が大きかったけど、語りを重ねていく中で妹の出来事と震災と向き合うことができるようになってきて、ネガティブだけじゃなくて前向きな気持ちも入ってきたという感じになります」
震災から15年が経過し、命の大切さと家族の尊さを伝えます。
西城楓音さん「今ある何気ない日常とか、大切な人家族とか友達との時間を大切にしてください。私が何百年何十年経って語り部として話せなくなった時も紙芝居が残り続けてくれて、未来の子たちのために春音がいたことと、あの時起きた事実っていうのを伝え続けてくれると良いなと思います」
この日、教室には弟の春汰さん(12)がいました。震災後に生まれた春汰さんの名前は、春音ちゃんの春という一文字を受け継いで名付けられました。
楓音さんの訪問は、春汰さん自らが読みに来てほしいと学校に伝えたことから実現しました。
西城春汰さん「紙芝居が感動するので、ちゃんと内容を覚えておきたくてもう1回聞きたかったです。きょうの紙芝居は100点です。友達に命の大切さを考えてほしいです」
紙芝居の後、家族全員で向かったのは二十歳の成人式の春音ちゃんの下です。画家の小林憲明さんが成長した姿をイメージして描きました。いつもは自宅の玄関に飾っていますが、震災から15年を前にこの場所に展示されました。
春音ちゃんだけ時間が止まり、楓音さんは自分だけ成長して大人になることに罪悪感を感じていたということです。
西城楓音さん「この成長した絵を見て成長したはるちゃん、今のはるちゃんに会うことができたと思っているので、やっと絵を通してはるちゃんの時間が動き出してすごくうれしい気持ちになります」
震災から15年が経過しても、春音ちゃんへの思いは変わりません。
西城春汰さん「遊びに来てねと伝えました。かくれんぼをして遊びたい」
西城靖太さん「夢の中でもいいから、いつでも遊びに来てほしいって思っています」
母親・西城江津子さん「すごく笑い上戸だったので、いつも笑顔でいてくれると良いなあって、いつも笑っててねって言ってなでます」
父親・西城靖之さん「はるも姿は見えませんが、家族の一員として変わらず今後も生活していこうかなって改めて思いました」
西城楓音さん「はるちゃんに大好きだよっていうことと、また会いたいっていう気持ちを伝えて1年また経ったので、これからまた1年頑張っていくよっていうことを伝えました」
西城楓音さん「小さい時に家族で来た思い出がある場所です」
桜の季節に生まれた春音ちゃん。6年間しか一緒にいることができませんでしたが、春の音が聞こえると、思い出がよみがえります。
西城楓音さん「私にとっては充実した6年間だったので、はるちゃんといる時間よりもいない時間の方が長くなったしまったことが、信じられないという感じです。家族と過ごす時間やはるちゃんのことを思う時間を、これからも自分の中で大切にしていきたいなと思っています」