2023年に宮城県南三陸町で見つかっていた遺骨の身元が、震災で行方不明になっていた当時6歳の女の子と分かりました。身元が判明した背景には「何としても家族の元に帰してあげたい」と力を尽くした人たちがいました。
カメラに向かって微笑む岩手県山田町の山根捺星(なつせ)さんは、震災当時6歳でした。2011年3月11日、自宅で祖母といたところを津波に巻き込まれ行方が分からなくなっていました。
14年余りが経過した2025年10月、捺星さんの遺骨は南三陸警察署で家族の元へ帰されました。
父親朋紀さん「半分諦めていたので、電話が来た時は震えが止まらなくて。見つけてくれた人にすごく感謝したいです」
母親千弓さん「もっと子育てしたかったなという思いが今改めて。にこにこってママって言ってるかなって想像しています。欠けていたパーツがやっと組まれたような、止まっていた時計がまた動き出したようなそんな感じですかね。また家族4人で生活できるという思いです」
捺星さんが家族の元に帰ることができたきっかけとなったのは、2023年に南三陸町で見つかった小さな骨と骨に残っていた数本の歯です。建設会社が気仙沼市の海岸付近の道路などを清掃した際に収集物の中から従業員が見つけ、人の骨ではないかと警察に届け出ました。
小さな手掛かりを最新の鑑定につないだ宮城県警の身元不明・行方不明者捜査班は、専門機関などと連携して震災で亡くなった遺体の身元特定に継続して取り組んできました。警察などによるDNA型鑑定が、捺星さんの身元の特定に大きく近づきました。
宮城県警身元不明・行方不明者捜査班京野祐也班長「DNA型鑑定にも何種類か種類がありまして、警察で行われるのがSTR型検査、Y-STR型検査、ミトコンドリアDNA型検査という3種類に大きく分けられます」
宮城県警の科学捜査研究所で最初に行われたのは、個人を識別する能力が最も高いSTR型検査です。STRとはDNAの中に含まれる人によって長さが異なる配列で、個人の識別に加え親子や兄弟といった血縁関係も分かります。
しかし捺星さんの例では、検査に必要な細胞の核のDNA型を検出することができませんでした。
京野祐也班長「一番の大きな理由としては、やはり亡くなってから発見までかなり時間が経ってしまって、損傷してしまっているというところが大きいのかなと思います」
STR型鑑定でDNA型が検出できなかったことで、同様に細胞の核のDNAを調べるY-STR型検査も難しくなりました。
そこで次に選んだ手法が、ミトコンドリアDNA型検査です。母親から子どもに受け継がれるDNAから、母系の血縁関係を調べことができます。
千葉県の科学警察研究所で鑑定したところ、必要なDNA型を検出することができました。細胞に1つしかない核と比べ、ミトコンドリアは1つの細胞に数百個から数千個含まれるため、損傷が激しい骨からもDNA型が検出しやすかったということです。
京野祐也班長「個人を特定するための1つの手段として非常に大きな型が検出できたことは、かなり大きな前進だったんじゃないかなと思います」
DNA鑑定とともに骨や歯の専門家による鑑定が、捺星さんの特定に大きく貢献しました。東北大学大学院の鈴木敏彦准教授は、これまでも歯科医学の立場から警察の捜査に協力して遺体の身元特定などに貢献してきました。
東北大学大学院私学研究科鈴木敏彦准教授「大人の場合は1本1本の歯について治療のあるなしを見るだけで、かなり高い精度でその人か決めることができるが、今回の山根さんの場合には虫歯の痕がまったくなく治療の痕もありませんでした」
見つかった歯も数本と情報量は乏しかったものの、乳歯から永久歯への生え変わりなど歯の形成状況から年齢を推定することができました。
鈴木敏彦准教授「将来的に生えてきて歯茎の上に出てくる部分がまずでき上がって、その後で根っこに向かって歯が伸びてきます。その伸びてくる様子を見ることで、7歳前後という判断をしました」
年齢が分かったことで、行方不明者の中から候補が絞られました。DNA鑑定とも照らし合わせた時点で、発見された遺骨が捺星さんの母親千弓さんと同じ母系親族であることに矛盾がないという結果が出ました。
更に特定の精度を上げるために宮城県警の捜査で初めて行われたプロテオーム解析は、酸で歯を溶かし表面のタンパク質を調べることで性別を推定できます。
歯のエナメル質に含まれるアメロゲニンというタンパク質には、両親から受け継がれるXと父親からのみ受け継がれるYの2種類が存在し、Yは男性にのみ受け継がれます。このため、Yが検出されれば男性、検出されなければ女性の可能性が高いと推定できます。
この解析により女性である可能性が高まりました。宮城県警は、鑑定結果と捺星さんが行方不明になった状況などを総合的に検証し、遺骨が捺星さん本人のものと結論づけました。
いくつもの地道な科学捜査により1人の少女の名前が導き出され、行方不明から14年7カ月を経て、ようやく家族の元に帰すことができました。
京野祐也班長「今回身元を特定してご親族に連絡する時が一番不安だった。どう受け止められるかっていうところが非常に心配で。受け入れていただいて引き渡し、お母様が大事そうに抱えている姿を見て、非常に意義のある仕事ができたかなと安堵しました」
鈴木敏彦准教授「身元不明の方を帰るべき場所に返すことが我々の仕事と思っていますので、例えばお散歩している最中とか道端にあった骨らしき物を届けていただく、それがないとそもそも発見には至りません。長い年月が経ってしまいましたけれども、まだまだ震災は終わっていないと気に掛けていただければと思います」
震災で今も行方不明となっている人は宮城県だけで1200人以上で、また遺体で発見された6人の身元が分かっていません。2025年11月には、こうした人々の手掛かりを探す臨時の相談所が南三陸町に設けられました。
「ブースを開くと聞いたので、一度相談という感じで来てみた。吹っ切れないんですよねいつまでもなので、この間、女の子のあごの骨見つかりましたよね。あんな形でも良いので、何か見つかれば良いなと思って」
京野祐也班長「近しい人でなくても、この人見たことあるとかそこに住んでた人じゃないかなとか、そういう小さな情報が大きな結果につながることが多々あった。少しでも心当たりのある方がいれば情報提供をお願いします」
宮城県警では、震災の犠牲者や行方不明者に関する情報提供を電話番号022-221-7171で受け付けています。