宮城県でで5人が死亡するなどの被害が出た、1986年の8・5豪雨から40年です。大崎市鹿島台では教訓を次の世代につなげげようと、住民らによる意見交換会が行われました。
大崎市鹿島台で開催された意見交換会には、行政区長や大崎市、河川事務所の担当者など110人が参加しました。
1986年8月5日に台風から変わった温帯の影響による大雨で、鹿島台地域を流れる吉田川など各地で川の氾濫や土砂崩れが発生し、宮城県では5人が死亡12人がけがをしたほか、3万4000戸以上が浸水するなど
住宅にも多くの被害が出ました。
特に旧鹿島台町では吉田川の堤防が4カ所決壊し、1300戸ほどが浸水しました。
この地域ではその後も水害が続いているため、参加者は行政と住民が協力しどうしたら水害を減らせるか意見を交わしていました。 りゅうちるネットワー早坂幸夫会長「今後若い人たちにも隣接する地域の皆さんと一緒に、流域を保全していきたいと考えています」
大崎市の鹿島台公民館では、当時の写真などを集めたパネル展が開催されています。
「とても怖くて、氾濫してますので立って、そんな姿が一番印象に残りますね。一面海ですね」「新車が駄目になって。夢中だったね子どもが2人いて」
当時、旧鹿島台町役場に勤めていた鈴木光太郎さんは、防災担当として復旧に追われました。
鈴木光太郎さん「雨の強さが違いましたね。叩きつけられるような痛みで。水の下はどんな地形になっているか分からないので、落ちてけがをした。消防団もたくさんいました」
当時はボランティアを受け入れる体制が無く、役場の職員や住民など総出で復旧に当たったということです。
鈴木光太郎さん「過去にどこがいつ決壊したのか、原因は何だったのか。一生懸命調べながら仕事していました。一番肝心なことは、過去の災害をしっかり知っておくこと」
教訓を伝えるパネル展は7日まで開催され、その後は大郷町や松島町など10カ所を巡回します。