東日本大震災から12年となる11日、宮城県内各地で追悼の祈りが捧げられています。

 気仙沼市の復興祈念公園には、日の出とともに遺族が訪れ、静かに手を合わせていました。

妻を亡くした男性「私は女房が震災で亡くなりました。仕事から帰ってきたらそういうことになっていた。それを思い出しながら家族全員で無事に過ごしてるということを感謝しきょう1日を過ごしたい」

 津波で、児童と教職員合わせて84人が犠牲になった大川小学校です。

献花に訪れた人「子どもたちの元気な声が忘れられないキャーキャー騒いでいる声。悲しいのはみんな一緒。だから気持ちだけは伝えたい」

 住民が避難していた高台に津波が押し寄せ多くの人が亡くなった気仙沼市波路上の杉ノ下地区。妻と母を亡くした遺族会の佐藤信行会長が慰霊碑を訪れ花を手向けました。

杉ノ下遺族会 佐藤信行会長「震災直後はいろんな面で大変だったんで長くは感じられたんですけども、12年経ってみるとやっぱり短い12年だったなと思っています」

 杉ノ下地区では遺族の高齢化もあり、毎年3月11日に行ってきた遺族会主催の慰霊祭は今年が最後となります。