東日本大震災で母親や妹たちを失った長男を励ますためにバッティングセンターを開設した宮城県気仙沼市の男性が、長男と歩んできた15年間の思いをつづった本が出版されました。

 利用客に威勢のいい声を掛ける、気仙沼市唯一のバッティングセンターを運営する千葉清英さん(56)は震災で妻と2人の娘、両親、妻の妹とその息子の7人を亡くしました。

 無事だったのは、当時9歳の長男の瑛太くんだけでした。

 千葉さんは野球少年だった瑛太くんを励ますため、2014年にバッティングセンターを開設しました。「気仙沼にもバッティングセンターがあるといいね」と言った瑛太くんの一言がきっかけでした。

 費用は1億円余りで、資金集めに奔走しました。記念すべき初打席に立ったのは瑛太くんでした。

 千葉瑛太くん「バッティングセンターを作ることによって、たくさんの人にも会えたしあの一言を言っててよかったと思いました。」

 千葉清英さん「長かったですね。まずみんなに楽しんでもらって、ここでみんなの笑顔が出て初めてスタートになるのかなと思ってるので、そこまでもっと頑張ります」

 バッティングセンターの経営は、少子化の影響もあって厳しく一度は閉店を決めましたが、地域の子どもたちからの続けてほしいという声を受け、営業を続けています。

 千葉清英さん「15年間よくやって来たなと、自分には言いたいなと思っています」

 千葉さんは、震災から15年の思いを本にまとめました。

 「夜明けのバッティングセンター」は、震災で亡くなった家族への思いや、バッティングセンター開設などを通じ出会った人々とのつながり、瑛太君と歩んだ日々をつづっています。

 千葉清英さん「生きていたらどういうことをしていたのかなとか、どんな思いで亡くなっていったのかなとか、やはりその分を生き残った自分と息子が家族の分までとは言いませんけど、人生一度きりなので思い切って生きたいなと。書くことで家族に対する思いは余計強くなってきたり、感謝だったりという思いですね」

 15年間がむしゃらに生きてきたという千葉さんは、大変だった一方で様々な人との出会いなど予期しない良いこともたくさんあったと言います。

 千葉清英さん「一番は人生って楽しいですよって。難があるから有難いって書くじゃないですか。無いなら無難な人生ですからね。今だけ大変じゃなくて、それを乗り越えた先にやって良かったなという達成感が残るんでしょうね」