宮城県と山形県にまたがる蔵王の冬の風物詩、樹氷が温暖化の影響で消えてしまうかもしれません。自然の神秘が作り出す絶景に迫る危機です。
一面の銀世界にずっしりとそびえ立つ樹氷は、怪物のような姿からスノーモンスターとも呼ばれています。様々な気象条件が重なることで生まれる蔵王の樹氷は、世界的にも珍しく多くの観光客を魅了していますが異変が起きています。
山形大学柳澤文孝名誉教授「緑と立ち枯れた木の境界線が標高1600メートル位の所にあるんですけど、それより上が立ち枯れてしまっている所で、それより下の所はまだ立ち枯れていない所ということになります」
30年以上にわたり樹氷の分布やメカニズムを研究する山形大学の柳澤文孝名誉教授は、虫による食害などで樹氷の基になるアオモリトドマツが危機に直面していることに警鐘を鳴らしています。
山形大学柳澤文孝名誉教授「周りを見ていただくと、全部枯れているという状態ですね。葉っぱが無くなってくると枝だけ残ることになって、今度枝が折れて無くなってくると幹だけが残る」
アオモリトドマツは標高1300メートル以上に分布する針葉樹で、枝に密集して付く小さな葉が特徴です。2013年以降、蔵王のアオモリトドマツの葉が標高の高い一部のエリアで大量発生した蛾の幼虫に食い荒らされる被害が相次ぎました。
詳しい原因ははっきりしていませんが、柳澤教授は背景の1つに地球温暖化の影響を指摘します。
柳澤教授が、過去125年間に観測された山形市の1月と2月の平均気温をまとめたグラフです。
山形大学柳澤文孝名誉教授「樹氷が一番成長する1月と2月の平均気温を示しています。1940年代は低かったがその頃に比べると1℃、2℃位上がっている」
山形市と山頂の気温は相関していることから、山頂付近でも同じように気温が上昇していると考えられます。
山形大学柳澤文孝名誉教授「気温が上がることで、蛾の幼虫が生息しやすくなる繁殖しやすくなる、そういうことはあったんだろうと思います」
2016年ごろからは、弱ったアオモリトドマツに追い打ちをかけるように樹皮の内側にキクイムシが侵入し繁殖し、養分を奪われ立ち枯れしてしまう木が急増しました。
温暖化は、樹氷の成長にも影響を与えています。樹氷の分布域は70年前に比べて約4分の1に縮小し、発生する標高も現在では1600メートル以上と約300メートル上昇しています。
樹氷は、空気中に含まれる水分が風とともにアオモリトドマツの枝や葉にぶつかって凍り、その上に雪が吹き付くことで生まれます。樹氷が作られるのに適した温度は、マイナス10℃からマイナス15℃と、その範囲はわずか5℃です。
柳澤教授は、このままのペースで気温の上昇が続けば21世紀末には樹氷が見られなくなると危惧しています。
柳澤教授が2009年、2019年、2022年にそれぞれ同じ木にできた樹氷を撮影した画像です。2009年の樹氷は堂々のたたずまいですが、既に立ち枯れた後の2019年の画像では、葉が無いため氷や雪が十分に付着せず枝の一部が飛び出た状態です。更に2022年には、ほとんどの枝が折れて無くなり幹だけの状態になっています。
アオモリトドマツの立ち枯れを受けて、宮城県側のアオモリトドマツ林を管理する仙台森林管理署では、2019年に検討会を立ち上げ被害状況の把握や生育調査を始めています。
宮城県側の立ち枯れは現在、刈田岳から屏風岳に至る約885ヘクタールで確認され、その面積は山形県側の251ヘクタールを大きく上回ります。
空からの映像では、特に御釜に向かう蔵王ハイラインの沿線でほとんどの木が立ち枯れしていることが確認できました。
被害を食い止めることが喫緊の課題ですが、アオモリトドマツ林一帯は国が管理する国有林のため打てる対策にも限界があるのが現実です。
仙台森林管理署新岡英仁森林技術指導官「国定公園の特別地域になりますと、基本的に手を付けないということが基本になりますので」
仙台森林管理署では、2022年からアオモリトドマツを種から育てる調査を行っていて、どのくらいの明るさや期間で成長するのかなどを今後明らかにし、保護に活かしていきたいとしています。
私たちの身近にもひそかに忍び寄る環境異変に、柳澤教授は蔵王の現状を知ることが地球の未来を考えるきっかけになると話します。
山形大学柳澤文孝名誉教授「蔵王をずっと見ていくと、地球環境の変化みたいなものが見えてくる。そういう意味でも蔵王の環境を守ることは、地球全体の環境を守ることにつながっていくと思うので、地球環境を守ることを発信するための一番良い教材になるんじゃないかと思っています」