東日本大震災からの復興に尽力した、宮城県南三陸町の佐藤仁町長が政治の場から去ります。10月に告示される町長選挙に立候補せず引退すると表明し、20年間の町長生活を振り返りました。
佐藤仁南三陸町長「もう復興事業が終わったもの。もう一段落です。私に与えられた使命はこれで果たしたなと思います」
佐藤町長は町議会の9月定例会最終日の11日、khbの取材に震災からの復興にめどがついたことを引退する理由として挙げました。
午後からの町議会で佐藤町長は、最後のあいさつで正式に引退すると表明しました。
佐藤仁南三陸町長「私は6期24年間にわたってこの職を務めさせていただいたが、今任期を持ってこの職を辞したい、と思います」
佐藤町長は、2002年に旧志津川町長選挙で初当選し、旧歌津町との合併に伴う2005年の南三陸町長選挙に当選し、現在5期目の最後の年でした。
東日本大震災では、町の防災対策庁舎で避難した職員や住民と共に津波にのまれましたが九死に一生を得て、その後は町の復興に力を尽くしてきました。
自らも被災し、復興に力を注いだ14年半を振り返り午後の記者会見で出てきた言葉は、被災して生き残った町のトップとしての原点でした。
佐藤仁南三陸町長「職員と、生き残った我々が再建を託されたから頑張んないといけないなという話はしたんですよ。あれがこの復興、14年半歩いてきた原点。かな」
被災者や遺族と正面から向き合ってきた佐藤町長は、引退を決めた直後の心境も吐露しました。
佐藤仁南三陸町長「意外とすっきりしました。うん。肩の荷が下りたなという気はしましたね。やっぱり背負うものが大きすぎましたよ」
今後は政治から身を引き、後継の候補者指名もしませんでした。
次のトップに期待することは、被災地を支援してくれた人たちとのつながりでした。
佐藤仁南三陸町長「この14年間で南三陸町がどれだけ全国、世界からご支援をいただいたか計り知れないです。そういうご縁をしっかりとこれからも持ち続けてほしい」
町のトップの引退表明に町民からはねぎらいの声が上がりました。
「この14年半、本人も一生懸命頑張っていたと思う。精一杯やってもらったと私は思ってます」「今までやってきたことが、大変な時期に乗り越えたということがご苦労されたかなと思っています。お疲れさまという感じです」
村井宮城県知事「この20年間、東日本大震災を経験して、一緒に足並みをそろえて頑張ってきた。本当に苦楽を共にしてきたので、私としては寂しい思いをしているところです」