臓器移植法は1997年10月の施行から26年が経ちますが、日本の100万人当たりの臓器提供数はアメリカの51分の1、韓国の9分の1など諸外国と比べて少ない状況です。13年前に海外で心臓移植手術を受けた宮城県の大学生は、臓器提供者が少ない日本の状況を伝え、移植手術への理解が進むことを願っています。

 宮城県に住む横山由宇人さん(18)は、重い心臓病を患い13年前にアメリカで心臓移植を受けました。
 横山由宇人さん「ここまで来られたのも全部ドナーさんのおかげなので、そこには毎日感謝してあとは悔いが残らないように大学生活を送っていきたいなと思っています」
 父親横山慎也さん「闘病していた時の日々弱っていく彼を毎日見ていましたから。本当にこの日を迎えられたことが感謝の気持ちでいっぱいですね」

 元気に保育園に通っていた由宇人さんは、4歳の時に心臓のポンプ機能が低下する拡張型心筋症と診断されました。助かる道は心臓移植で、小さな体につながれた補助人工心臓が命綱です。

 国内で脳死による臓器提供が行われるようになったのは、26年前の1997年です。由宇人さんが待機を始めた2010年には、家族の承諾があれば15歳未満でも提供が可能になりました。しかし、当時は子どもの心臓移植は年に1件あるかないかでした。両親はアメリカで移植を待つことを決断し、募金活動で手術に必要な費用1億3500万円を集めました。

海外で心臓移植手術

 渡米から約1カ月後の2010年9月にドナーが現れ、手術は無事成功しました。家族と共に、元気な姿で日本に帰ってきました。
 命の大切さと向き合ってきた由宇人さんは、子どもや家庭が抱える相談に応じる児童相談員になるため、大学で心理学を学んでいます。
 横山由宇人さん「最近自殺者とか心の悩みを抱えている人が多く上げられているし、ニュースとかでも見るし、そういう子たちを救ってあげたい」

 移植後も欠かせないことは定期的な検査です。自宅から1時間ほどかけて、仙台市の病院に通っています。
 横山由宇人さん「(外来は)2カ月に1回で検査結果が悪かったら、1カ月に1回、もう1回来ないといけないので。全種類の薬です。これが免疫抑制剤っていう移植者が死ぬまでずっと飲み続けないといけない薬ですね」

定期検査を受ける

 免疫抑制剤は12時間おきに朝晩2回、移植された心臓を体が拒絶しないよう一生飲み続けなければなりません。
 生活する上での制限もあります。由宇人さんは中学生の時に不整脈が出て以来、体育の授業には参加できませんでした。
 横山由宇人さん「何で運動しないのとか、何でそんなに疲れてるのとかよく言われて。あいつ運動できないからダサくね、みたいなことも言われたり理解してもらえないのがこっちとしてはすごくつらくて」

 父親の慎也さんは、由宇人さんの移植後から臓器移植を支援する団体の活動に参加しています。11日には、大阪で移植を待機している患者やその家族を応援するためのイベントを開催し、病院で移植を待つ子どもたちにエールを送りました。
 父親横山慎也さん「ドナーの方と巡り会えて、また来年、再来年もしかしたらここで会えるように心を込めてエールを送ります」

 イベントには由宇人さんの姿もありました。
 横山由宇人さん「中学校では理解してもらえない人が多くて、何その病気?とか臓器移植に関しての理解度が低いから、変な偏見を持って突っかかってくる人が多いのかなと思う。臓器移植に関しての理解度を高めるためには、やっぱりこうやって我々が情報を発信して理解を深めてもらうこと」

自身の経験を伝える

 臓器移植でしか救えない命について、由宇人さんは自身の経験を伝えていくことで移植医療への理解が進むことを願っています。
 横山由宇人さん「(移植で)必ずこうやって元気になれるよという気持ちを自分が伝えていけたら良いなと思うのと、色々な人に移植医療を知らせるのが大事なんだなとイベントをもって思いましたね」
 父親横山慎也さん「自分は移植をしたということを逆に自分の経験、強みとして世の中に発信してもらって、できれば移植に興味がない方々にも、関心を持ってもらえるようなシンボルのような存在になってもらえたらありがたいな」