宮城県塩釜市で19日、日本三大船祭りの1つである塩釜みなと祭が行われました。神輿をのせて海を巡った2隻の御座船、龍鳳丸と鳳凰丸が今回限りで引退しました。約60年間にわたり地元の人々に愛されてきました。

 海上渡御は塩釜みなと祭のメインイベントです。多くの人に見送られながら神輿をのせた御座船が出港しました。
 塩釜みなと祭協賛会事務局長の千田忠一さんは、40年以上にわたり氏子や神輿の指揮役などとして祭りに携わってきました。
 塩釜みなと祭協賛会事務局千田忠一事務局長「40年以上奉仕をさせていただいておりますので、本当に思い出のある両御座船です。外から見ても乗っても素晴らしい船だと。なかなかああいう船は全国見てもないと思います」

 日本三大船祭に数えられている塩釜みなと祭は、戦後間もない1948年に地域の産業復興などを祈願するために始まりました。龍をあしらった龍鳳丸と、仙台藩主伊達家の松島湾遊覧の御用船が原点と伝わる鳳凰をあしらった鳳凰丸が志波彦神社と塩釜神社の神輿をのせて海を巡る海上渡御は、絵巻さながらのメインイベントです。

 千田さんが御座船との数ある思い出の中でも特に心に残っていると話すのが、東日本大震災が発生した2011年です。津波で御座船も被害を受けましたが、塩釜みなと祭までの4カ月間で修理を行い、復興のシンボルにもなりました。
 塩釜みなと祭協賛会事務局千田忠一事務局長「神様にすがる思いで1日も早い復興を祈願したというのが東日本大震災の時の思い出。一番それが心に残ってますね」

 60年以上にわたって活躍し続けた2隻の御座船ですが、こうした船の寿命は40年程度と言われています。毎年修繕を重ねてきましたが老朽化が激しく、あと3年程度しか持たないとの診断を受け、2026年が最後の航行となりました。
 東北ドック鉄工馬場昭取締役「古い船なので中がだいぶ、特に手の届かない所がだいぶ傷んできていますので、そこを問題ないように補修する。当日事故があったということは聞いたことがないが、無事に終われば良いなと思っております」

 塩釜みなと祭り当日の19日、1トンもの神輿が塩釜神社の石段202段を下り塩釜市を練り歩きます。塩釜港には塩釜市の内外から多くの人たちが訪れ、最後の航行を見届けました。71隻の供奉船を伴った御座船は松島湾を巡り、海の安全と豊漁を祈願しました。
 見物客「お疲れ様でしたっていうところと、今までも色々な方々が携わってきて皆さんに対する感謝で涙が出ましたね」

 2025年まで44年にわたり神輿の先導役となる猿田彦を務めた、祓ヶ崎稲荷神社の榊原久康さんは毎年御座船に乗っていましたが、年齢や身体的な理由などから乗船を辞退し港からの見送りとなりました。
 祓ヶ崎稲荷神社榊原久康宮司「残念ではあります。最後のお見送りだったんですけどね。まあ仕方がない。今奉仕している方々が例年通り気を付けていただいて、元気にお宮に戻ってきていただければという気持ちが一番」

 5時間に及ぶ海上渡御のラストは、約60年間ともに歩んだ龍鳳丸と鳳凰丸並んで帰還しました。2隻の並走はこれが最初で最後となりました。
 塩釜みなと祭協賛会事務局千田忠一事務局長「カメラを持っていてジーンと来る場面も自分でも胸が熱くなった思いがありましたね。60年以上の長きにわたって、塩釜市民と宮城県の内外から来ているお客さんたちに感動を与えてくれたことに敬意を表したいと思います」

 新たな2隻の御座船はまだ設計図の段階ですが、親しみのある見た目はほぼ引き継がれる予定です。
 塩釜みなと祭協賛会事務局千田忠一事務局長「我々の時代で新造できる喜びもありますし、若い人たちにも同じ思いで塩釜みなと祭の歴史をつないでいってほしいなという気持ちです」